花嫁衣裳に降る雪



 
 シルクハットに燕尾服のその老紳士は、私へ優雅に一礼した。
 差し出されたその手は細く骨ばっていて、年に似合わぬ綺麗な指だった。
「ボンソワール・マドモワゼル・・・ああ、もうすぐマダムになられるんでしたかな。」
 私は彼の指に見覚えがあった。握り返しながらもう一度彼の顔を見る。
 勿論それは違うのだ。声も、顔も、私の記憶の中の指の持ち主の物ではない。私が大事に大事に抱えている思い出の中のその人は、黒い目に同じ色の髪の毛を持ち、子供のように笑ったかと思えば大人ぶって微笑む人だった。背ももうちょっとあった様に思う。
 目の前の上品なロマンスグレー、青い目、穏やかな挨拶とはかけ離れている。
 それでも私はこのしなやかな指に例えようも無い懐かしさを感じていた。
「どうかいたしましたか?」
 老紳士の声にはっとする。記憶を追うのに夢中で、手を離すのをすっかり放心してしまっていた。
 慌てて謝る私のフランス語を、紳士は目を細めて聞いてくれる。話す機会がある毎にその場の人々は私の発音を褒めてくれていた。小さな時の出会いが、私にフランス語を習わせたのだ。もちろん、その時は英語で話してくれていたけれど、少しでもあの人の世界に近づきたかった。
 そしてそれは思わぬところで実を結び、婚約者との中を取り持ってくれたのだから世の中って分からない。
 手は離れても、彼はちょっと小首をかしげるようにして私の目を覗いている。
「その・・昔の知人を思い出していました。よく似てらっしゃるので。」
「ああ、さようでしたか。私にも覚えはありますよ。ちょうどあなたのような、可愛らしい女性でした。ある女の子に似ていましてね、彼女が成長したら丁度こうなっていたのかと目頭が熱くなりましたよ。」
「その女の子は、とても大切な方ですのね。」
「ラウールとお呼びを、姫。・・・ええ、大切でした。でも残念ながら、実際に成長されたお姿を見ることは叶わないのです。」
「まぁ、何故?」
 この問いに彼はちょっと口ひげを撫でてから答えた。瞳に哀しみと愛おしさを湛えて。
「その方は亡くなられました。」
「あ・・・お聞きしてごめんなさい。」
「いいえ、貴女が気に病まれることではありません。一言挨拶をと思ったつもりが、長々とお話をしてしまいました。では、どうか幸せなパーティーを。」
 言ってから彼は再び手を差し出し、私の手に優しく軽い口付けをして去っていった。
 その仕草にどうしてもあの時を思い出してしまって、その細い背中を見つめる。彼は給仕を呼び止めるために振り返って、何人もの招待客の頭越しに私たちはもう一度目があった。
 その時の目が、先ほどより少し鋭く思えたのは単なる気のせいだったのだろうか。

 ダミアンが私を呼ぶ。
 音楽が鳴って、彼にエスコートされてステップを踏んだ。穏やかなクラシック、愛する人との会話、めくるめくシャンデリアの色彩。それら全てがふにゃふにゃと甘美な塊になり、心の中に柔らかく広がる。
 今日は特別な日、聖夜の中でも特に聖なる日。
 夕方は略式のダンスパーティーで、盛大な挙式は夜に控えている。

 やがて音楽が終り、準備のために私はダミアンと別れた。着替えをして、今は長くなった髪を整える。
 思えばあの頃、私はいつもおかっぱにリボンだった。今は婚礼のことだけを考えていようと思うほど、さっきの老紳士と同じ指を持つ人へ思いは飛んでいく。
 あんな形だったが一時期フィアンセでもあった彼を忘れることは出来ない。散々だだをこねて困らせたっけ。彼の仲間だったヒゲのおじさんと剣のおじさんも、見た目は怖そうだったけれど私には優しくしてくれた。それから不二子さん。あんな綺麗な女の人になれば、私も本当に結婚できるんじゃないかと思って、いつも憧れていた。あの人たちといると本当に楽しくて、時間はあっという間に過ぎた。楽しすぎてお別れのために最後のお芝居をする前には散々泣いてしまった。
 侍女たちが、婚礼を控えた私を思って一人にしてくれていた。
 ふと鏡台に挟まった紙片が目に付いた。

『ところで、中庭はまだあのままですかな。 ラウール』
 中庭!
 王族しか入れない中庭の存在を、何故・・・?
 思い出が一気に蘇る。
 気が付けば私は窓を開け放し、白いドレスのすそをからげて枠を乗り越えていた。
 バルコニーにはおあつらえ向きに縄ばしご。
 鼓動がどくんどくんと高まる。
 一段ずつ降りるのがもどかしくて、最後の方は飛び降りた。

 そこにさっきの紳士がいた。ただし、何度も思い返した懐かしい笑みを浮かべている。
 ふうわりと広がった腕に私は思いっきり飛び込んだ。
「そんな簡単に誘いに乗っちゃダメでしょーが。ひょっとすると攫って行っちまうぜェ?」
「ルパン!」
「相ッ変わらずオテンバぶりは変わってねェなァ。」
「マスクを取ってよ、私、全然気が付かなかった。早く教えてくれればいいのに。」
「ンじゃ、ご希望通りにッ!」
 変わらないあの指でがマスクを剥ぐ。と、中からは世界一の大泥棒が現れた。
「これでOK?」
「素敵よ。」
 ルパンはかつてのように私を軽々と抱き上げ、ベンチへ運んでくれた。私たちは並んで腰を下ろす。
「大きくなったなァ。」
 ああ、このひょうきんな口調を、何度思い返しただろうか。
「お父様には会った?」
「ああ、喜んでくれたぜ。・・・結婚するんだって?」
「そうよ。」
「相手の名は?」
「ダミアン。絶対私は世界一幸せな花嫁よ。だから、今は攫われて行けないわ。」
「ハハハ・・・そいつァ残念なこった!この国も今は雨が降るんだろ?」
「うん、スノーキャノンを改良したの。でもね、セレモニーの時は雪を降らすんだって!」
 すっかり日も落ちて暗くなった中庭で、こうしてルパンと喋っていることが今も信じられない。全てが昔と同じで、彼の手を思わずぎゅっと握った私の手を、ルパンは優しく握り返してくれた。
「結婚おめでとう、ギアーナ。」

  Merry Christmas!!



   皆さん、どこら辺でわかったんでしょーか?分からない!!という方、どうぞ新ル「砂漠に降る雪」をご覧ください。
 後半もアクション一杯で楽しいんですが、前半のしょーもない作戦が笑えてちょっとほろりときて、素敵なオハナシです。
(05年のクリスマス企画でした。)




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