For My Love Harpy

こちらは、闘祭のコラボ企画として、たいやきやい太様にまさかの初対面で挿絵をつけていただいたものです。
すべての絵の権利はたいやきやい太様に属します。ダウンロードなどはくれぐれもご遠慮ください。


 しばらく留守にしていたルパンが帰ってきた。
 明らかに上機嫌で、なにやら鼻唄を歌い、まさに喜色満面といったところか。
「よォ」
「よォ、ルパン。随分うわっついてるじゃねェか」
 と次元が問えば、直接答えずに上着の内ポケットから一本のネックレスを取り出して見せた。
 見るからに高価そうだ。
 このネックレスに彼らの稼業とくれば次元も承知したもので、首尾は?と話が進む。
「もォ、楽勝よ。警備は薄い、おまけにコノルパン様の腕、ちょちょいのちょいで戴いてきたぜ」
「ほぅ・・・「王妃達の系譜」か」
 そのネックレスは中央に大粒のダイヤがあり、そこに最高級の真珠が連なっているというものだった。
 まず一目見て惹かれるのは真珠の方だ。色こそ多少違うものの、全て整った完璧なラウンド(真円)で、大粒には珍しいほどの輝きを放っている。滑らかな光沢は誰が見ても一級品とわかった。
 それにくらべてダイヤの方は大きさだけが先に立って、質の方は劣悪な為になんだかガラス玉のように見えた。
「あったりー。よく調べてんじゃないの、次元ちゃん。もしかして狙ってた?」
「別に。新聞に載ってたからな」
 ふうん、とルパンは納得したんだかしてないのか分からないような返答をよこし、ネックレスを人差し指に引っ掛けてくるくる回した。

 

 ルパンは滅多に新聞を読まない。
 新聞に載っているくだらない犯罪記事を読むより、闇社会の情報に通じる方が有益だから、というのが彼の持論、いや言い訳だが単に新聞を読む習慣が無いだけなのかもしれない。
 だから、朝刊のチェックは自然、次元の日課になった。
 その中で気になる記事があればルパンに教えてやる。
 ルパンも大いに乗り気になって仕事に発展したことも何度かあったし、警察の動きを間一髪知ったこともあった。
 しかし、別にルパンはそのことについてあまり感謝してないようである。

 さて、「王妃達の系譜」という名を冠せられたこの宝飾品は、ダイヤが劣悪なのとデザインが平凡なこと、真珠が不揃いなことなどからそこまで高価な物ではない。
 とはいえ魅力的なのはその成り立ちで、帝政ロシア時代の歴代の王妃達が身に着けたアクセサリーの中から、超一級品の真珠、彼女達が最も気に入っていた真珠を一人につき一粒選りすぐって繋げたという。
 現在サンクトペデルブルグ・ロシア博物館で展示中だった。
「で、なんで急にモスクワからペテルブルグに飛んだんだ?」
「ヌフフ・・不二子がヨ、『アタシ誕生日のお祝いにあのネックレスが欲しいのよ』なーんてなァ」
 答えを聞いて、次元は大袈裟に天を仰いだ。
「まーた、不二子か。何ヶ月か前にもプレゼントを渡したのを忘れた訳じゃあるまい?」
「勿論、覚えてるサ」
「じゃ、なんでまた」
 ルパンはネックレスをテーブルに置き、定位置のソファに腰掛けた。
「いいか次元。不二子の誕生日が単なる口実だったりするのは俺も分かってる。だが、不二子だって女さ、一年の内一日は確実に誕生日があるんだヨ。それは、この前だったかも知れねェし、今回かも、あるいはもっと先かも知れねェ」
「一回で充分だろ」
「話は最後まで聞け。だから、モテねェんだよ。オンナってものはな、自分の誕生日は祝って欲しいものなの」
「・・・・で、お前はいつだか分からない誕生日のために、不二子にいわれるまま毎回貢いでるってことか」
 と、次元が結論付けると、当然のことながらルパンは気色ばむ。
「その言い草はなんだよ!」
「本当のことだろうが」
「なんだと!」
「違うってンなら、不二子の本当の誕生日を聞きだしてみろ!」
 この次元のひとことがルパンの闘争心に火をつけた。
 彼は立ち上がり、ネックレスを引っつかむと怒鳴った。
「ああ、いいさ、聞いてきてやる。もし不二子が真実を言ったら、どうする?」
「三回まわってワンとでも、何でもやってやるよ!」
「言ったな、その言葉忘れるなヨ」
 勝ち誇ったようにそういうと、あっという間に外に出て行ってしまった。
 十秒後に聞こえた車の排気音を聞きながら、次元はやれやれとウォッカを呷った。


 さて、と・・・・。
 熱しやすく冷めやすい彼の性質を利用して、上手く手綱をとってやった。稀代の天才怪盗を思うツボにはめたのはなかなかにいい気分である。
 ――――どうせ、不二子が本当のことを言うはずがない。
 よって、この賭けは勝敗が決まったも同然であり、ルパンに灸を据えてやれるだろう。
 いつになるかは分からないがそう遠くない未来。
 あのルパンがしょんぼりしてこのドアを開ける様子を思って、密かに乾杯をするためにもう一杯ウォッカを注いだ。


快い夕暮れだった。
 風はまるで生まれたてのように柔らかく、オープンカーを飛ばすルパンの顔をなでる。
 街の雑多な匂い、例えば売店の油っこい食べ物、ローションやリンスや香水、排気ガス。
 そういったものが無い、混じりけ無しの風の匂いがする。
 短い夏を惜しんで歩道をそぞろ歩く人々も、今日は心なしか少ない。
 夕暮れ時の気持ちよさを独占しているように感じながら、ルパンは王女のもとへ赴くのだ。
 前方の信号が、丁度ルパンの車の前で赤く光った。
 小さく舌打ちをして、ブレーキを踏む。横断歩道は誰も渡らなかった。
 誰も渡らないのに待っていなければならないもどかしさが、吸いなれたジダンを求めた。法律を破ることなんてなんとも思っちゃいないが、こんなところで下手に目立つのも馬鹿らしい。
 

 もっとも、乗り回している車が車だから、大して変わらないかもしれない。
 やっと歩行者信号が変わった。と思った矢先に、今度は蛍光緑の矢印が出る。
 矢印の示す方向に行くのではないから、隣の車線の車がスイスイ曲がっていくのを眺めるしかない。
 ジダンに火をつけ、煙を吸う。肺に広がっていく快楽の気体が、感覚を鋭くした。
 だから気が付いた。
 小さいけれど決して気のせいではない、タイマーが時を細切れにする音。
 とっさに、ルパンは車を急発進させた。
 横断歩道を突っ切ると、右前方にだだっ広い分譲予定地が見える。
 その角を回り込んでハンドルを目一杯切った。
 急な方向転換に、タイヤが嫌な音を立てる。右タイヤが回転し、後ろのそれが追いつかずに空回りする、一瞬止まったような状態になった。
 シートに押し付けられながら、ルパンは車外に飛んだ。
 ついさっきまで踏んでいたアクセルの余波で、車はたちまち分譲予定地の空白に突っ込んでいく。
 それを視界の端に捕らえたのが最後だった。

 耳が詰まったのは、直後の爆音のせいだ。音が大きすぎて逆に何も聞こえなかった。
 焔の塊が車の裏から膨れて、はじける。反動で車体が跳ね上がった。
 からっぽの空き地で、裏返しになった愛車をオレンジ色の火が絡め取っていく。
 見ようによっては、夕日で染まった海に溺れているようにも見えた。
 まるでサイレント映画だ。
 焔が消え、車の残骸が撤去されれば、やがて没個性を象徴した家が何軒も建てられるんだろう。
 ゴムの焼けた嫌なにおいが土地にしみこんだ。
 見惚れている訳には行かない。
 立ち上がって思いっきり駆ける。
 ビルの影に走りこんだ直後、やはりガソリンに引火して二度目の爆発が起こった。背中に、ごく小さくて軽い破片がぱらぱらと当たる。
 ジダンは一息喫っただけで、どこかへ落としてしまった。多分空き地で一緒に燃えているんだろう。
 全壊した愛車を名残惜しそうに眺めていると、背中に気配を感じた。
「随分ハデにやってくれるじゃねェか」
 体は動かさず、気配の主に呼びかける。
 返答の代わりに、冷たく固いものが後頭部に押し付けられた。押し殺した声が囁く。
「じきにサツが来る。こっちへ来い、話をしよう」
「断れる雰囲気じゃなさそうだな。オレ、忙しいンだけど」
 この答えはなかった。銃口の圧力の向く方向には一台のリムジンがあり、運転手が同じく拳銃を構えて立っていた。



 リムジンには、嫌な沈黙が流れていた。
 スモークガラスから見る外界は、モノクロで、厚ぼったい雲に覆われている。
 光彩を欠いた人間と犬が、光彩を欠いた道路を、退屈そうに歩いていた。
 向こうから、光彩を欠いたトヨタ車が走ってくる。 バンパーには派手な引っかき傷が付けられていて、派手な柄物のシャツを着た男が傷をつけたのはお前らだというように全ての物を睨みながら運転していた。
 何故、人は自分のおかれた状況によってこれほどまでに周りの景色が違って見えるのだろう。
 車内にはルパンをそう嘆息させるに充分な空気が淀んでいた。
 匂い消しの香料がきつ過ぎ、シートはちくちくする。前にトカレフが置かれ、BGMは絶望的なフレーズをがなりたてていた。
 しかし、最も陰気なのは正面に座っている男だった。
 彼は痩せぎすで神経質だった。始終手を握ったり開いたり、足を組み替えている。
 恐らく小物だろうと見当をつけた。
「で、何だ?」と、ルパンが言った。
 おどおどした青灰色の瞳がやっとこっちに落ち着いた。「え?何だって」
 声まで神経を逆撫でする。男は滑舌が悪く、アクセントがおかしい。
 ルパンは苛ついてジダンを思いっきり噛み、大量の煙を吐き出した。
 痩せ男が顔をしかめた。
「煙草は控えて欲しかったな。肺を・・・悪くしたもんでね。去年の冬に」
 なるほど、言われてみれば顔色は青かったが、体全体がキュウリみたいな奴だったから、目立たなかった。
 実際、男はキュウリそのものだ。ひょろながくて凹凸のない身体、不健康な顔にできものが5つほど。
 脳味噌には99パーセントぐらい水が混ざってて、冷え性なんだろう。
 ルパンはキュウリに指示されたかぁねェな、とわざと煙を吐きかけてやった。
「だから、話って?」
 大人げ無いことをしているという自覚が、余計に彼を苛付かせる。
「ああ、話ね・・・君の持っている物のことだ」
 そして、自分はヴャチェスラフという者だと名乗った。覚えにくいことこの上ない。
「しばらく我々に預けて欲しい」
「理由は?」
「理由は・・言えない。しかし、我々が用があるのは、そのうちの真珠一粒だけだ。それさえ抜き取ったら、必ずもっと上質のを入れて返す。きっとだ」
 そしてまた沈黙。キュウリが足を組み替えた。
「・・・ノー」と、しばらく考えてからルパンが言った。
「何故だね?」
「まず第一に、理由が知りたい。次に、利用されるのは好きじゃない。最後に、オレはアンタと会ったばかりだ」
「信用が無いということだね?」
「そのとおり。この三つで充分だろ。もしまだ断る理由が聞きたいってンなら・・」
 いや、とキュウリが遮った。
「それをいくつ聞いたところで君の考えは変わらない。そうだろう?」
 答えるまでも無いのでルパンが黙っていると、
「だが、我々がネックレスを求めるわけは言えると思う」
 と、言った。
「ふーん・・・聞こうじゃねェのヨ」

 





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