1、それは酷く鮮やかな、


   標的は時計塔を移動中。狙撃班は頂上に焦点を合わせよ。繰り返す、標的は時計塔を移動中・・・


 耳につけたイヤホンから、ざらついた早口の指示が流れてきた。狙撃手は軽く唇を湿らして、とっくに構えていたライフルをずりあげる。この心地良い緊張と興奮。ベテランの彼が長年感じてきたそれが、今夜は一段と中枢神経を刺激する。
 何せあの男を仕留めるのだ。
 遠くからヘリのローター音が夜のしじまをかき乱して近づいてくる。今頃、同僚達はヘリを探して首が痛くなるほど夜空に目を凝らしているだろう。そして、自分と何人かの精鋭はもっとも大事な塔を見据え、こうして内部から沸き上がる衝動をじっと押さえ込んでいる。
 鍛え上げられた肩の筋肉が締まるのを感じながら、狙撃手はスコープを覗く。準備は全て万端、あとは獲物が飛びだすのを待つのみだ。
 
 時計塔の屋根に、それは突如現れた。

 狙撃手は息を呑み――――震顫した。
 投光器の光に踊る、その深紅の美しさに。
 影は闇よりも暗く、赤は光より鮮やかな、ジャケットの深紅。家々の明かりの砂粒が散らばる地上に、ぽっかりと浮き出ている。
 黒か地味なカーキの男どもを数多く狙ってきた狙撃手の目に、その赤は反乱を突きつけたのだ。
 手足が長くすらりとした背中。彼の職業に似つかわしくない優雅さをまとったその背中は、重力の制約を無視した身軽さで尖塔の先端へ移っていく。
 一挙一投足から目が放せない。


   銃を構えよ。


 なのにイヤホンは情け容赦なく指令を運ぶ。
 身に染み付いた組織人の根性が、滑らかな動きで照準を合わせる。否、合わせさせるのだ。
 スコープの十字は正確に赤い影を捉える。
 今や、突端にたどり着いた彼は動きを止めていた。
 そこには僅か十数センチの足がかりしかないはずなのに、強風が吹き付けているはずなのに。
 ジャケットの主は微動だにせず時計塔の上に直立する。
 ヘリはますます近づいていた。
 どくんどくん。心臓が破裂しそうなのはローター音がうるさいせいか。


   発砲用意。 


 やめてくれ、と狙撃手の深い身の裡が騒ぎ出す。
 でも全てはもう遅い。

  
   撃て


 俺は、あの泥棒に魅せられたのだ。そう自覚したのは指が勝手に動いた後だった。
 鉛の弾が空気を切り裂く。
 狙撃手のものだけでなく同僚達の何発もの弾が放たれた。
 身に迫る気配に、時計塔の泥棒が振り返る。
 狙撃手は生涯で初めて、 どうか、当らないでくれ。  と願った。

トップバッター。


   4、dengerous zone

 硬質の床に、間遠い足音がよく響く。
 トレンチコートの背中が長い廊下を歩いていた。
 しょぼくれた姿勢、古馴染みのつば広帽のその背には往年の鬼警部の姿は見る影も無い。常にアンテナを張りつめ、如何なる緊急事態にも敏速に対応してきた神経は引退と同時にふっつり切れてしまっていた。
銭形警部はまったく急ぐ様子も無いまま廊下を歩いていく。入り口がどこであったかも思い出せないほど、長い長い廊下だった。
 そのまっすぐの道のりを延々歩いた先に、遂に突き当りが現れた。そこには「資料室」と掲げられた軋むドアがあった。
 中には錆の浮いたロッカーがぽつんと立っているばかりである。銭形警部はその光景に寂しそうな表情を浮かべ、入り口で少しの間立ち止まる。それから肩を落としてロッカーに近寄り、Jの項を引き出した。
 埃まみれになった何冊ものファイルを一つ一つ開けては確認していく。中程まで行ったところにそのファイルはあった。肌色で、端がボロボロに撚れた分厚いファイル。中を開く。
『次元大介。性別−男 国籍−日本 前科−窃盗など。ルパン三世の相棒。
 備考−リオにて死亡。死因は』


 と、いう夢を見た。
 後味の悪い夢を見ちまった、と次元は寝起きのぼんやりした頭で考えながらベッドに上体を起こす。
 すでに太陽は高い。
 目をしばたたかせて端に腰掛けなおし、もはや慣習となった動作でサイドテーブルに右手を伸ばした。
 クシャリ。
 紙箱を握りつぶす感触と同時に、朧にかすんでいた夢の結末があざやかに立ち上がった。
『〜死亡。死因は肺ガン。』
 次元の動きが止まった。固まったまま考えること数十秒。
「・・・ハッ、まさかそんなこたァねェだろう。」
 妙に浮いた声が出た。動きに微妙なぎこちなさが加わったがともかくもペルメルは引き寄せられた。
 真っ赤なペルメルが白いシーツの上で抜群の存在感を放つ。
 今日も次元の一日は寝覚めの一服で始まる。

次元のヘヴィスモーカーっぷりはもはやデンジャラス。


   3、存在証明


 はじめまして。あたし、口紅です。
 洒落た感じにルージュって言う人もいますけど、あたしの個人的な好みを言わせてもらえれば、口紅。クラシカルってだけじゃなくて、なによりあたしたちの存在意義をばしっと言ってくれてるでしょう?
 勿論、こんな所でお喋りをしようっていうんだから、あたしはただの口紅じゃないんだけど。
 そもそもあたしは高貴な生まれなんです。
 だから、シャネルの新商品(それも限定色!)としてお店にエレガントに並んでいた時は一体誰の所にもらわれていくのでしょうと、ずっとドキドキしてました。だって、あたしが飾る唇はやっぱりそれなりの人のでいて欲しいですし。
 でも、そんな心配はありがたいことに全く不要だったんです。
 あれは本当に運命の日でした。その日、ご主人様は躊躇いも無くあたしを手にとって、微笑んでくれたんです。
 その人は、峰不二子といいました。
 そりゃあもう、女なら誰もが溜め息をつき、男なら誰もが振り返るというような顔立ちなんです。その花唇を更に引き立てることが出来る、というのは化粧品にとっての最高の名誉だと思ったくらいです。
 ほらね、今みたいにご主人様がエッジも滑らかなあたしを繰り出して、先端を唇に触れさせれば、あたしはその特別に柔らかな皮膚の感触に恍惚となりながら鮮やかに色づいていきます。
 鏡に映るご主人様は本当にきれいで、微かに笑みを作った口元なんか、まるで神々が咲かせたバラのようです。
 バラといえば、この色はROSE CINDERというんです。バラの燃え殻って意味なんですって。

 あたしを付ける時は特別な時。
 何しろ特別な口紅なんですから。 
 
 それからご主人様は仕事に出かけます。
 今日のお相手はなんだか乱暴な感じの嫌味な男でした。なんか、すごく近づきたくないタイプ。
 ご主人様もこんな人とキスなんかしたくないに決まってます。口紅っていうのはそういうことを特に敏感に感じ取るんです。でも、お仕事ですから我慢我慢。
 ご主人様は野心をお持ちです。
 これが上手く行けば、あたしも新しいお家を買ってもらえるかもしれないな。今のポーチは気に入ってたけど、もう一年も使ってるのですっかり飽きちゃった。
 あーでも、やっぱりキスは気が進みません。なのにさっきよりあいつの顔が近くに来てるような…。
 やっぱり錯覚じゃないみたい。ニワトリみたいなとんがって厚ぼったい唇が、すぐ前まで!
 そんなに接近して話さないで、折角のメイクに唾が飛んだら台無しだわ。
 きゃー来た!いきなり来た!ちょっと、前フリも無しにってのは卑怯よ!
 もうこうなったら、腹を括ってお仕事です。あんたなんか、不二子さんの本当の唇に一ミクロンも触らせないんだからねっ。
 あたしは必死でご主人様とそいつの間で踏ん張って、できるだけ身体を硬くして、小声で「しっ、しっ」と言ってやった。
 ふん、あんたなんか犬並みの扱いで充分だわ。ちょっと!舌なんか入れたら本当に承知しないからね!

 あら、失礼。はしたない所をお見せしました。
 シャネルの熱い魂はあたしにも宿ってるみたい。

 さて、あたしの防御が効いたのか、軽いキスでその人は引き下がりました。ずるそうな目がまだこれで終わる気は無いみたいなことをあからさまに言ってるけど、残念でした、もうあなたのお楽しみは終りよ。
 不二子さんと少しでも唇が触れ合い「そう」になれただけでも、あなたには分不相応ってものです。
 あとはゆっくりお休みなさいな。
 ご主人様はテーブルにだらしなく乗っかる首から、チェーンを取って鍵を外します。ゆったりと微笑んでいるのが唇の動きで分かりました。
 ごめんなさい、ついあくびが…。あたしまで眠くなってきたようです。
 このコツコツという音、足音かしら。笑みが消えました。
 ご主人様には耐性とやらがあるのですけど、あたしには…まだ出来てなくて……。
 何の話でしたっけ?そう…あたしは…特別な口紅…。
 そのうち…もっと…この薬に慣れたら続きをお話します…。何しろ…もう…眠くて…。
 ではごきげんよう。

モノ語り。


   3´、存在証明



真昼間の午睡に沈む、寂れた村の片隅にそのポストはあった。
赤いペンキの塗装には一面に錆が浮いて、受け口のステンレスだけがぬるいような太陽の光に鈍く反射している。
そこに女がやってくるのは、年に一度のことだった。
いつも右手には一葉のはがきを持って。




すべてが炎に包まれたあの日、
私がすべてを失って、またすべてを取り戻したあの日。
あの日から、私は死にました。
もとの身分のままでは、またいつ危険が及ぶかわからないから、と。
ずいぶんと久しぶりに会ったあなたは、私を抱きしめるなりそう言った。

そう、あの日から。
名前は捨てた。
生まれも捨てた。
唯一の肉親とのつながりすら――

私はここで別の人間としての生活を得ました。
だんだんと新しい名で呼ばれることに馴染み、
数は少なくとも暖かい人たちと知り合い、
小さい生き物が脱皮を繰り返すように、段々と私はもとの私を剥がしていく。


だけどこの日だけは。


葉書をあなたに出しましょう。

差出人の名も
宛先も
文面もないこの葉書を。

住所だけを書いて、
私たちの生まれた、あのなつかしい家に。


すっかり廃屋になったと聞いているあの家の、
かつては花で飾られた玄関口。
そこに据え付けられた慎ましい郵便受けに、
今年もいちまい葉書が増えるのでしょうか。


それでも私は構わない。
いつか、いつの日か。
あなたに届くと思うから。


兄さん、あなたの妹は今日もこうして生きていますと。





それは、年に一度の。

次元の妹の生死は原作でははっきりしませんが
生き延びていてほしいと思います。
2、あの日の空色
5、それが全てだ

ブラウザを閉じてお戻り下さい。 お題提供 http://lonelylion.nobody.jp/









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