空は高く道は遠く


 埃っぽい田舎道、その先に女の人影が有る。
 風が吹き、人影の近くへ小さな砂嵐を巻き起こした。
 後れ毛が風にそよぐ。
 彼女は空を見上げ、太陽の眩しさに目を細めた。
 まだ、道は続いている。


「どう思う?このシゴト」
「そうだな、まあ、いいんじゃねェか。獲物も上等だしな」
 ハンドルを握るルパンがのんびりと問い掛けた。
「銭形のとっつあんも今度ばかりは嗅ぎ付けないだろうよ」
 二人は次の仕事の下見に行ってきたばかりで、装備を整えに一旦ニューヨークへ戻るところだった。
 よく晴れた日で、道路の両側に広がる砂漠の赤茶けた岩には日光がさんさんと降り注いでいる。
 すれ違う車も、追いぬく車も、10分前から見かけない。
 後続車さえいなかった。
 次元は狭いフィアットの中で、走っても走っても変わらない景色をぼんやり眺めていた。
「見ろヨッ、逃げ水だ」
 運転席のルパンがつついた。確かに、前方にはアルミホイルのような水溜まりが見える。
 そして、それはどんなにスピードを上げても決して踏めないのだった。
 ルパンは愉快そうにどんどんスピードを上げていく。
 逃げ水はそれに伴って更に早く進んだ。
 まるで、必死に逃げているみたいだ。
 こんなに空いた道だから、どんなに速度が上がろうが追突する危険は無いのだが、躍起になってきたルパンに付き合いきれなくなって次元は再び外の景色に目線を映した。
 と、いきなり体が引っ張られた。
 前のめりになって、ダッシュボードに掴まってから、急激に減速したのだと気づく。  
「どうしたんだ?」
 と次元が言った時点には既にフィアットは止まっていた。
「ヒッチハイカーさ」
 くい、とルパンが親指で指し示す。指の先に、走ってくる赤毛の女の子が見えた。
 彼女は、後部座席の扉を開けると乗りこんできて、次元とルパンの間に座った。
「ハーイ、あたしキャシー。18よ。あなた達が乗せてくれたんで助かったわ、こんな暑い所は長く立っていたいと思うようなところじゃないわね」
「オレはジョン。あっちのヒゲがダイスケ。日系だ」
「よろしく、ジョン、ダイスケ」
 それから、キャシーはジョン、もといルパンの顔をしげしげと眺めた。
「あなた、アメリカ生まれなの?イントネーションが、なんというか完璧すぎるけど」
「御察しの通り、アメリカ人ってワケじゃない。
 とりあえずフランスの血が入ってるのは認める。
 他にも色々あるけど、まあつまり雑種みたいなもんさ。オレの生まれは複雑でね」
「ふーん、そういうのって好きよ。ロマンがあるじゃない?」
「そこまで大げさじゃねェけど・・」
 と言ってルパンは頭を掻き、にやついた。
 次元が小声で釘をさす。
「おい、まさか18の子に手を出そうなんて考えちゃいねェだろうな」
「今のところはね」
「ってお前ェ・・」
 キャシーがひょっこりと二人の間に割り込んできた。
「なあに? こそこそ話しだったら、仲間に入れてよ」
「い、いや、何でもない。それより、座ってねェと危ないぜ。コイツの運転は荒っぽいからな」

「おい、ダイスケ。オレは『ジョン』だ」 ルパンが陽気に言う。
「あー、はいはい・・・」
 訳が分からない、という顔をしたキャシーを乗せて、フィアットは道路を突っ走っていく。


「ところで、何処へ行く気なんだ?」
「ニューヨークよ」
「こりゃあいい。オレらもニューヨーク行きでさ。最後まで乗せていってやるヨ」
「そうなの?やったあー!!」
「でも、随分大変な事をやるもんだな。走りつづけたってこの辺からニューヨークまで1日かかるぜ」
 次元がヘッドレストに手を組んだ姿勢で言った。
「何処に住んでんのッ?」
「モンタナ州。ミシシッピの源流に近いトコ」
「そこからわざわざ?」
 頷くキャシー。
「あたしね、ルパン逮捕に協力するんだ」
 ぴくりとルパンの肩が動く。
 次元には一瞬「ジョン」の顔からルパンの顔へと戻ったのがわかった。
 そうとも知らず、彼女は喋りつづける。


「銭形警部っていう、ルパンの専任捜査官がいるんだけど、彼は今ニューヨークにいるんだって。
 それで、電話口で話そうとしたら重要な事なので来てくださいって言われちゃった」
「良かったら、どんな情報か聞かせてくれよ。ルパンにはオレも興味あるから」
「これは重要機密なんだけど、いっか。あたしね、聞いちゃったのよ」
 わざと声を潜める。
「いつもはホテルのベッドメイキングとかのバイトをしてるんだけど、あのホテル結構ボロいのよ。
 それで、扉を通して結構なかの声が聞こえるわけ。
 2日前にも仕事してたら、ある一室の前から「盗む」とか「警察」とかいう単語が聞こえてきて。
 あ、これはなにかあるなって、つい盗み聞きしちゃったの」
「で?何て言ってた?」
「一人はルパンって呼ばれてたわ。もう一人は多分ジゲンとか言われてた。
 彼らは十日後に、どこかの地主さんの屋敷から三万ドル相当のダイヤを盗み出すんですって!」
「作戦とか、聞いた?」
「うん、バッチリよ!・・・でも、こればかりは教えられないわね」
「へえー、スゴイじゃねェの。で、とっつ・・銭形警部に知らせに行くんだ?」
「ええ」
 ルパンの頬がわずかに痙攣していた。
 そして次元も、思わずフィアットの天井越しの空を仰いだのだった。


 その夜のことだ。
 大陸を西から東へほぼ横断しているルパンたちはまだニューヨークには着けず、野宿していた。
 すでに健康的な寝息を立てているキャシーを車内に残し、ルパンと次元は荒野の砂地に寝袋を置いた。
 といって、寝る気にもなれずに星空を眺める。
 夜になってから少々雲が出てきたが、それでも星は見えた。
 夏の間権勢を誇った白鳥座や鷲座、蠍座などはすっかり東の方の空へ追いやられ、
 赤い火星が燃えていた。

「なあ、どうするんだ。あの子」
「どうしようかねえ・・。
 送り届ければとっつあんが来る、さりとて置き去りにすることも出来ねェし」
「あの時得意になってペラペラ計画を喋るからンなことになったんだぜ」
「お前ェがせかすからだろ。あーあ、これじゃ計画変えなきゃあなア・・」
「とっつあんは感涙モノだろうぜ。重要な所は全部あの子が知ってるんだから。なあ『ジョン』?」
 ルパンは手もとの石を拾って投げた。
「だがあな、オレは諦めねェぜ。ちょいと計画を変えるだけだ。
 久々にとっつあんとの勝負と行こうじゃないのヨッ」
 次元が笑う。
「そうだな。ここんとこ、上手く行きすぎてたしな」
 次元の投げた石はルパンのそれより遠くまで飛んだ。
 ルパンがもう一度投げる。黒く丸いその石は次元のを越えて、夜の闇の中へ消えていった。



「じゃあな、キャシー」
 フィアットは次の日の昼頃にニューヨークへ着いた。
 警察署の手前までキャシーを送り、手を振る。
「送ってくれてありがと! 楽しかったわ」
「ああ、こっちも楽しかった」
 次元が答えた。それにルパンがかぶせる。
「もう会う事もねェだろうから、帰りはだれか他の奴に送ってもらえよ。
 それと、盗み聞きはよくないぜ」
「大人ってそういうのばっかりね。でも、わかったわ。バイバーイ!」
 と、笑顔を向けて彼女は警察署へ歩いていった。
 銭形に会うために、そして彼らを追うために。
 きっと、彼女はルパンと次元の顔写真を見せられるだろう。
 その時、彼女はどんな顔をするだろうか。
 それを思うと、ルパンはとんでもなく愉快な気持ちになる。
 予定に無かった予告状まで書いてポストに投函してしまうと、バルコニーから空を見た。
 太陽の輝きに、数日後この手に握っているであろうダイヤの光を重ねながら・・。


宿も持たずにルパンサイトを放浪していた頃から、お相手して頂いた月さんのサイトと相互リンクした記念に・・・押し付けた物。
折角オリキャラ出してみたのに、イマイチ書ききれてないのが残念です。





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