一発の銃声が長く尾を引いてこだまする。土煙が上がった所には次元。そしてルパン。
その彼らの50メートル先で倒れている男がひとり。
手下らしい数人が駆け寄る。
地の匂いを含んだ風が茫々たる大地に吹いた。
数分前。砂漠の真っ只中で銃撃戦が行われていた。
ルパンたちはしつこさで定評のある、アルカポネ系列のマフィアを敵に回したおかげで、残弾は少なく疲労困憊と言う苦戦を強いられていたのである。
弾除けのひっくり返ったジープの裏。
太陽が動いたせいでジープの陰は敵側へ長く伸びていた。
砂漠の砂は絶えずじりじりと動いている。膝が既に埋まっていた。
時たまそこから顔を出して撃ってはいたが相手はマシンガン、それも弾をトラックの荷台ごと持ってきているような奴らだ。
次元の折角の腕前も、未だ死んでいない事を示す程度でしか役に立たなかった。
更に悪い事に、水が無い。
これは咽喉の渇きと暑さのせいで日射病寸前という事態も引き起こしたが、何より困るのは銃身から陽炎が立って照準が合わない事だった。
ルパンの方は既にふらふら、向こうがクーラーの入った車内で休み休み撃っているのとでは天国と地獄程の差がある。
「畜生ッ」
砂でざらざらする口内から吐き出される毒づきの言葉さえも、弱腰になりかけていた。
唾を吐くと、見る間に乾燥しきった砂に吸い込まれ、
表面に残ったわずかな湿り気は熱波に焼かれて蒸発する。
砂漠の暑さと乾燥をまざまざと見せ付けられたような気がして、げんなりとしながらもう一度標準を定めた。
狙うのは、最も積極的に撃ってくるノッポだ。
頭の中で、扱いなれたコンピューターが数値をはじき出すように最適な角度と距離が計算される筈だ。
が、頼りの脳も視神経も、暑さでバグを起こしたらしい。
無意識にやっている計算なのに、ぎこちない。
焦って強引に引き金を引いた。
痺れるような反動と銃声。
麻薬の如く次元にマグナムを撃たせつづけてきた要素はいつも通り脳天を突き上げる。
それでも、撃つ前から分かっていたように、着弾点は狙いを遥かに反れて、無人の砂地へ落ちた。
自重で弾は砂にゆっくり沈む。
「もういいぜ、次元」とルパンが言った。
「もういいッ?! ってお前ェ」
次元はまず耳を疑い、聞き間違いでないことを確かめるとルパンに詰め寄った。
「おい、どーゆー意味だそれは! 何考えて・・」
「え?・・・イヤ、だから消耗戦はアチラサンに有利になるだけってこと。大体弾何発残ってンだよ?」
彼のあまりの迫力に驚いて目を回しながら、ルパンは慌てて言い繕った。
聞かれて、シリンダーを開け、次に内ポケットへ手を突っ込む。
常に入れている予備の弾の冷たい感触が無かった。
弾の残りを計算しなかった自分に腹が立つ。
「・・・コイツで最後だ」
「オレの方は8発しかねェ」
ルパンはジープに寄りかかっていた。
最後の8発入りマガジンを宙に放り投げ、落ちてきたのを手に受けると再び放り投げる。
黒いツヤ消し処理をされたケースが、幾度も放物線を描いた。
アチラサンは、というとまだ優にトラック半分の山があった。
頭を抱えてこの夢が終わるのならば、迷わずそうしていた。
マグナムを持つことでやっと繋ぎ止めていた闘志が、みるみる萎えていくのを効果音付きで聞いたような気分だった。
夢にしては、リアル過ぎないか。
この暑さに聞きなれた銃声。隣の相棒の小さな息遣い。広がるばかりの砂の匂い。
夢でなければ、答えは一つしかない。これが―――現実。
水に、人手に、弾がある向こうは余裕綽々として、攻撃的な行動には出ようとしない。
それは未だに自分たち二人を恐れて、大きな手出しが出来ないからだと思うと僅かに愉快だった。
とはいえ、次元が少しでも顔を出すものなら、猛烈な銃弾が襲いかかってきた。
どのみち、このままでは遅からず暑さにやられるだろう。
三日間執拗に追いまわされたおかげで、ほとんど眠っていない。
極めつけがこの炎天下では正に悪夢だった。
踊らされて、誘導されたなどと、今更気付くなんて愚かしいにも程がある。ルパンの元気が無いのは、鈍かった勘のせいもあるのか。
その相棒が横で何か喋っていた。
「・・・ってことヨ、な?次元」
名前を呼ばれて、初めてルパンがこちらを覗きこんでいるのに気付く。
「へ?・・ああ、すまん。聞いてなかった」
がたっ、と擬態語をわざと口にして起こしていた上体を再びジープに預ける。
「せーっかくオレが熱弁奮ってたっつーのに。つれねえんだからヨォ、次元チャンは」
「んで、何だったんだ」
「・・・ここらで一発逆転の一手と行きましょーかって。弾はあと九発残ってる。それだけありゃあ充分サ」
「しかし、どうする気だ。ここから動けないんだぜ?」
次元は内心ヤケ気味に賛成していたのだが、とかく突っ走る癖がある相棒を牽制してみた。
すると、おちゃらけていたルパンの顔が急に引き締まる。そして言った。
「このままなぶり殺しにされたいのか?お前ェだって、疲れたろ?」
『疲れたろ?』自覚はしていたつもりだった。
しかし、改めて人から言われると、それにも増して体が重くなった。思っていたよりも体の状態は悪い。
全部の内臓がかき混ぜられて、ぐちゃぐちゃに溶けている気がする。
「それに、弾だって当たらねェ」
それはマグナムが・・と言おうとして、はたと気付いた。
ルパンの顔からも陽炎が出ている。
霞んでいたのは目のほうだったのだ。
もう言葉を返す気力も失って、ルパンの隣に座ると並んで空を見上げた。
砂漠の白い太陽が眩しい。薄いちぎれ雲が何千メートルの上空で気ままな地図を作っていた。
眼に痛いほど単純に、青と白に塗り分けられた原色の地図。
あの世界に行ったら、きっともっと簡単に生きていけただろう。
次元の思いをよそに、雲の地図は速い風に乗って飛び去っていく。
ルパンは続けた。
「こうなりゃ一か八か。お前の眼でもボスを仕留められるところまで近づくのに、何秒くらいかかる?」
「十秒あれば確実だが」
「へえ、オレなら九秒で余裕だけっどもな」
「おい、確実だと言っただろ。八秒あれば足りるんだよ」
にやり。ルパンが笑った。次元も、にやりと笑い返す。
交渉成立。
「マシンガン軍団はオレが引き受ける。あのいけ好かねェやろうの腹に、マグナムをぶち込んでやれ」
「OK。俺もいい加減腹に据えかねてきた」
マグナムのグリップを握りなおす。マグナムを入れ換える。
二人のカウントが砂漠に響く。
「5、4、3、2・・」
「イチッ!」
次元がジープから韋駄天さながらに飛び出し、ルパンがたち上がる。
二つの標的に、湧き上がる銃声。
一歩、二歩、三歩・・・姿勢を低く、次元の足が砂を蹴り上げる。
銃弾が肉薄し、足元に撃ちこまれて金の砂が飛び散る。
八発、七発、六発・・ルパンは一発撃つごとに銃身が軽くなっていくのを確かに感じていた。
右頬を熱い薬莢がかすめる。
照準をずらした刹那、日光が銃身にきらめき、はねかえる。
マシンガンを撃っていた一人の影が倒れこむのを視界の端に見て、六発目。
二つの攻撃対象に混乱しているらしいマフィアのうち、ノッポを狙って七発目を撃った直後。
衝撃が右手に伝わり、ワルサーが弾かれた。
ワルサーは高く、高く舞い、手ぶらのルパンに一斉に銃口が向けられて、そして・・・
ドゥゥン・・・ッ!
乾いた大地に、ヘモグロビンを含んだ水が染みていく。
ルパンは次元の元へ走り、手下たちは絶命したボスの所へ走った。
次元を包む砂埃が風に流されると、マグナムを構えたままの相棒の姿が現われる。
遮るものの無い距離で、ボスを失ったマフィアと、ボスを殺した二人が向かい合う。
血気盛んな若い男がマシンガンに手をかけると、鋭い声が飛んだ。
「おっと、やめとけ。お前ェらがオレ達に勝てると思ってンのか?」
「それ以上動けば、頭が吹っ飛ぶぞ」
二つの銃口は静かに、しかし完全にマフィア達5人を捉えていた。
三白眼の男が短く悪態をついた。
覚えていろ、と定石の文句を残して、トラックとボスの4WDに走り寄る。
こうして、彼らは死んだボスを一度も振り返らずに去っていった。排気音が尾を引く。
引き取り手のいなくなった死体を眺め、ルパンがしみじみと呟いた。
「アッサリ、捨てられちまったなァ」
それから、二人はジープに引き返した。
横転したままで砂に埋没しているのを四苦八苦しながら起こして、エンジン部の整備をする。
オイルOk、冷却水OK、バッテリーに砂・・・
それら作業が終わり、日除けの幌を出す。
今度こそくたくたに疲れた彼らはジープに潜り込み、三日分の眠りを貪ったのだった。
寝入り端、ルパンが次元に囁いた。
「次元・・・8.2秒・・・」
「うるせェよ・・」
その後、両者とも混沌たる眠りに落ちていった。
気が付けば耐久レースばりの闘いになってました(笑)
次元ちゃんには酷なことさせてますけど、ホラ、可愛い子には旅をさせろっていいますし。
ルパンは細かいです。イヤになるほど細かく時間計測してました。
そのくせ、自分がどうのこうの言われるのはきっと・・嫌がります。
・・・てなことで、そっと寝かしといてあげてくださいませ。