再会の後



 下界で何が起こっているかなど、天は知りようも無い。
 陰気に降り続いていた雨は止み、雲の切れ間からは星が一つ二つ覗いていた。時折照らし出す月光は突き刺さるように鋭く、澄んでいる。
 上空の風が今に雲を全て吹き払ってしまうのは明確だった。



 ともに会話が無いまま、日付は間もなく変わろうとしている。
 次元の足取りは重かった。確かに背中のルパンは重いが、その重みがこたえるほど貧相な体型はしていない。
 背負われているとはいえルパンはしっかりしていて、重傷は偽りだったのかと安心した。ルパンまで無くしてしまってはたまらない。
 炎上する屋敷はもう随分下になった。キングもろとも焼き尽くして燃え盛っていた炎とは違い、冷えた月明かりがここを照らしている。
 膝くらいの葉の細い草ばかりが茂った斜面に、突出して咲いたマツヨイグサの花だけがぼんぼりの様にぼうっと光っていた。歩くたびに揺らされた葉から夜露が玉になって飛び散っていく。
 荒れ地ではあったが、不思議に幻想的なところだ。
「変わってねェなァ、ここは」
「ああ。ガキのころ転げまわったまんまだ」
「戻ってから来てねェの?」
「来られるかヨ。状況分かってンのか?」
「詳しい事は知らねェけど・・・」
「キングの野郎は見張りをつけてやがるし、時間もねェ。
 ・・・それに、決心も鈍る」
 自分でもはっきり分かるほど口調が昏さを帯び、ルパンがはっとして口をつぐんだ。
「・・・死んだよ、奴は」
「そう」
「・・・」
「ほら、着いたぜ。さっさと降りろ」
 
   こは秘密の場所だった。  目の前には1基の石碑があった。少しツタが絡まっているがさほど古くない。
 それは墓だった。
 周りに他の墓はなく、道もなく、人家も無い。墓の向こうには地面すら切れていた。見通しの良いこの場所は獣道の奥で、わざわざ人が来ないようにと選ばれた。だからこの墓の位置を知っているものはごくわずかで、当然ルパンはその一人であり、キングは含まれなかった。

 当時キングは大幹部の一人であったから、何故知らされないのかと誰もが首を傾げたこの出来事をルパンは良く覚えている。
 弁護士に食って掛かったキングはあっさりと「リストにない」と拒絶され、異様に蒼ざめて退室していった。いつもの押しの強いキングならあとで「位置を教えろ」と同僚に迫っただろうに、その後数日間は目だけをぎらつかせ、憔悴した様子だった。
 ここの主は生前にキングの計画を察知して、墓を荒らされたくないと思ったのだろうか。
 しかし、その事件がキングを焦らせ、計画を急がせてしまった。信頼の置ける殺し屋を捜す余裕もなく、次元という不安定なコマを使った。彼の妹を人質にして・・・。

 音を立てず――かつてこの墓の主に教え込まれた猫の動きで――ルパンは正面にしゃがんだ。
 どうやら雑草の旺盛な繁殖力は墓だからといって遠慮しなかったようだ。墓はほとんど埋もれている。生い茂った雑草を軽く手入れすると、ぽっかりと礎が現われた。
 刻まれた文字は土が溜まってまったく読めない。
 ルパンから小さく息が漏れた。笑い声だ。
「・・・皮肉だよ。お祖父さん。
 散々キリストの戒律を破っておきながら、頭に十字を立てて眠るなんて」
 祈るわけでもなくたたずむルパンを見ながら、次元は墓の前に立つ気にはならなかった。

 まったく勝手な人だと思う。キングの計画を察知していたなら誰かにそう伝えればいいものを、さっさと自分だけ邪魔されない眠りについてしまった。
 もしかしたらこの騒動を見たかったのかもしれない。築き上げた財産を巡ってどんな悶着が起きるのか、じいさんの人騒がせな楽しみだ。
 石を投げてやったらすかっとすると思ったが、どうせ棺おけの中には当たらないと思いなおした。


 くにかける言葉も無く、短い墓参りになった。
「行くぜ、ルパン」
「ああ」
 もしここに人の手が入ってなかったら、この先に休めるような簡単な小屋があったはずだ。もともと暮らしていた偏屈な老人が亡くなってから、だれも使っていない。
 またルパンを背負うつもりだった次元は、彼がすたすたと歩き出したのにあっけに取られ、追いかける恰好になった。
「待てヨッ」
「オンブもよかったンだけどね、足で歩いた方が早い」
「・・・歩けたのか」
「歩けねェ、とは言ってないぜ」
「あそこでヘタって動かなかっただろうが」
「アー、ちょっと睡眠不足で」
 思いっきり石を投げてやった。それは気持ち良く当たって、ヒャっとわけの分からない悲鳴が上がった。
「イタッ・・・何しやがんだ、次元!」
「疲れてンのはオレの方だッ、病院なんか入りやがって!」
「あれはカムフラージュよ」
「・・ったく、心配してソンしたぜッ、このお気楽ヤロウ!」
 オレだっていろいろ大変だったんだぜ、というルパンのブツブツを無視し、次元は一気に走って彼を追いぬく。
 思いがけない言葉が追いかけてきた。
「次元、支配者にならねェか」
 戸惑いが足を止めた。
「この帝国にはカネが唸ってる・・・俺と次元とで新生の独立国を作るってのはどうだ」
 次元は真顔で振り向いた。オンナを口説く時の、独特の熱っぽい表情のルパンがいた。
「本気か」
「ソウサッ」
「だが、国を作るって・・」
「ンなの簡単だろうがよォ。ここには地下資源もあるし、技術は世界水準、いやそれ以上・・・・」
 言い終わる前に、次元のへの字の口が妙な形にひん曲がっていく。次の瞬間、こらえきれずに吹き出してしまった。
「ハッ・・・馬鹿かお前ェは!ドロボウ独立国?ハハ、お断りだヨ、ヒーハハハハハ・・・ッ!」
 すると、当のルパンまでお腹を抱えて笑い転げたのだ。
「アーッハハハハハハッ・・・本気なわけねェだろっがヨォ、フフフ、でも驚いただろ」
「まぁな。どうせからかってんだろうと思ったが、ハハ・・ッ」
「オレは死んでも祖父さんの後釜にはなりたくねェのよ」
「ってことは・・」
 笑い涙まで浮いた顔を突きあわせ、ルパンは陽気にきっぱり言った。
「帝国を、ぶッつぶそうぜ」
「賛成。面白くなりそうじゃねェの」
 大掛かりないたずらを考えついた時と同じ目を交し合ったその時から、帝国の運命は決まり、ルパンと次元は一生の相棒を見つけた。


 ―――――――年老いた罪深い怪盗に、神のお慈悲を。 




 えー、遅くなりました。ヒオキっちのキリリクでございます。
「秘密無しは誠無し」 
 弁解するわけじゃないけど、このキーワードは難題でした。いったいぜんたいどーいう意味?!  へらへらの脳みそを絞って考えたんだけど、結局お話の筋に取り入れるのはあたしが理解できてないので無理、ということになりました。
 でも!ちゃんとキーワードは絡ませましたよ〜〜!よぉく読めば分かるはず。
 この文章には『ひみつ』があります・・・ってことは誠があるわけで・・・自力で見つけてくださいな。もう二度と使えない手ですね。
 頼むから「秘密って何?」なんて問い合わせはしないでくださいよ。ジョークを自分で説明するときほど切ないものは無いんで。



モクジへ     ハジメから





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