逃亡者



 夏草の湿っぽい匂いが、むんむんとその場を充たしていた。
 そして、背の高い雑草の間を縫って、また踏み倒して走る二つの人影が辛うじて見分けられる。
 時刻は暁闇の頃。
 白み始めた東の空からの頼りない光が、影絵のような草と、人影とを演出している。
 草のこすれあう音が聞こえる。
 二対の足音が、柔らかい土の所為でやや変則的に近づいてきた。
 彼らはまだ子供で、両方男の子だった。
 一人は茶の強くかかった黒髪で、頬を紅潮させながら、吃驚するほど速く走ってくる。
 それに対し、もう一人は本当に真っ黒な髪の毛と同じ色の瞳を見開いて、前の一人に負けないぐらいの速度で走ってきた。
 どちらかというと前の子の方が必死という感じを受けた。後ろの子はまだ余力が残っていて、それでも追いぬかない程度のスピードで後についているようだ。
 気をつけて見てみると、後ろの方が確かに年上らしい。12才前後だろうか。
 年下の子は多分10に届いたか届いていないくらいだろう。
 やがて、走り疲れた一人が絡み合う草に足をもつれさせ、そのままの勢いで転んだ。
 すると、後ろを走っていた少年も止まって、すとんと腰を下ろす。
 転んだ方は仰向けに寝転がっていて、起きようとしなかった。
「・・・ハァッ、ハァッ、もう、これくらいで、ハァッ、充分だろッ!ルパン!」
 座っているのが、小さな肩を上下させてルパンという名らしいもう片方に話しかけた。
「・・・ああ、じゅーぶんだッ!・・・やっと、成功だな!」
 二人は顔を合わせてにやりと笑う。座っていた方もルパンに倣ってごろりと寝転んだ。


 彼らの名前はルパン、次元大介という。
 家は、走ってきた方向に10キロほど行った所だった。俗に「帝国」と呼ばれている。
 深夜にこっそりと帝国を抜け出して来た彼らは、警備をかいくぐり、森を抜け、そしてこの草原まで走ってきたのだ。
 勿論、子供の足では全て走りとおす事など出来ない。この辺りには、辺鄙なところにある住居まで物資を運ぶためのリフトがあり、それを行程の中ほどまで利用した。
 ルパンという少年の能力は非常に長けていた。
 彼はこっそりリフトの管理人から鍵をかすめていた。
 しかし、その鍵でリフトを動かしたのは次元のほうだ。
 何度か下見に行って操作方法を頭に焼き付けていた次元にとって、リフトは巨大なオモチャも同然であった。
 まんまとリフトを作動させて自分たちを麓まで運ぶと、あの鍵で電源を切って、そのまま林の中に投げ込んでおいた。
 だから、彼らの失踪に気が付いた大人達がここまで捜しに来るのは困難で、かなりの時間が稼げるはずだ。
因みに、山道に車が通れる道は無い。

 
 まだ荒い息をしているルパンが空を見上げる。
 西の方は未だ紺色だったが、東では太陽が昇り出す気配をひたひたと感じる。
「・・・そろそろ日の出だな」
 シンクロするように次元が言った。
「うん。絶好の家出日和じゃねーの?」
 それっきり会話も無く、二人は寝転んだまま東の空を見つづけた。


 帝国はどこともしれぬ洋上の小島にあった。
 島の中央に5つの山があり、それらの山に囲まれ、外界から巧妙に隠された窪地に、帝国の中心部が存在する。
 上空には、飛行機の制御を妨げる電波が張ってあった。これの「目」を潜って島に出入りするためには、さながら空中迷路とも言える入り組んだ立体的なルートを通らねばならない。
 少年二人は、中心部から東に逃げてきた。
 よって、太陽の昇る所は彼らの目的地をも示しているのだ。
 彼らの居るこの草原は、島の最も低い部分だった。
 現在地から見える範囲の東側で、荒れ放題の草原がぷっつり切れており、そこから先に白っぽい空が有る。
 その下に、海があった。
 切れているところまでは緩い上り坂だから、二人の姿勢では海は見えない。
 しかし、確かな潮の香りが鼻腔に入ってくる。
 二人にとって、魅惑的で自由の象徴であるような香りだった。


 さて、やっと光輪が草原の端から顔を出した。
 あとは早いもので、ぐんぐんと光輪は大きくなり、オレンジ色の太陽が現われる。
 残っていた夜の名残は吹き消され、水彩絵の具のにじみのようなグラデーションが彩った。
 主役を張る太陽が一段と輝きを増し、強烈に照らし出された草の裏側に長い影が引かれている。
 一瞬一瞬、色彩がめまぐるしく変わっていく様に、ルパンと次元は半ば体を起こして見とれていた。
 最も美しい日の出のショーが終わると、空は掌を返して何食わぬ晴れた普通の朝に戻る。
 日の出を見終わると、二人は即行動に移った。
 起きあがって草原が切れているところに走り寄る。
 そこで立ち竦んだ。
「・・・・どうしよう、船が無い」
 ルパンは無言できょろきょろ辺りを見まわしている。その顔に当惑の色がありありと見えた。
 計画と違うじゃねェか、と言って次元はルパンを振り返った。
 ルパンも丁度次元のほうを見ており、途方に暮れた態で、彼らはしばし見詰め合った。
 お互い口には出さなかったが、お互い同じような事を目で訴えていた。
 つまり、自分たちの計画の甘さをなんとかして相手に転嫁しようとしているのだ。
 

 彼らは周到な準備をしていたけれど、やはり子供だった。
 海に出さえすれば、何処かにロビンソン・クルーソーよろしく小船が繋留されているか、そこまで子供っぽくは無いにしても板切れぐらいは有ると思っていたのであった。
 本当に何も無い海を見て絶句してしまうと、誰かの所為にしたくなるものだ。
 遂に、次元が目を逸らした。
「あーあ、これで全部パアかぁ」
 惜しそうに呟いて、足元の石を何気なく海に蹴った。
 直ぐに、石はぽちゃんという音を立てて海面にぶつかり、沈む。
 次元はまた石を蹴る。
 石と一緒に砂利も落ちた。
 いくつもの白波が立って、どれも同じように沈んだ。
 腐る次元の横で、ルパンは何か思いついたらしい。いきなりTシャツを脱ぎ始めた。
「お、おいルパン?」
「飛びこもう」
 ルパンの答えは決然としている。
「ええ?!いや、無理だろう、それは。っておい、ルパンッ」
 次元の制止も全く意味を成さず。ルパンは迷うことなく眼下の海に飛び込んでいった。
 まっすぐ、半ズボンだけを身につけたルパンの体が、足から海に落ちていく。 
 小石の時より盛大な音が立ち、水面に飛沫の輪が幾重にも重なった。
 数秒の空白。
 そして、浮き上がったルパンがこちらを見上げる。特に声を出すわけではなかったが、その目は次元を促した。
 ええい、と次元も飛んだ。
 意地を張って、逆飛びこみをしてみせる。
 一瞬の浮遊感の後、水圧で胸が詰まり、すぐに生暖かい海水が次元の体を抱いた。


 さっきから、一体どれぐらい泳いだのだろう。高ぶった神経に疲労は感じなかったが、そろそろ単調な平泳ぎに飽きてきていた。 
 前方に蒼く広がる空は、海と、今泳いで来たよりももっともっと遠いところで二つに合わさっている。
 間近では碧に、少し遠くではざらっとした濃紺に見える水は、遠くなるにつれて蒼くなるようだ。
 濃紺の海より遠いところでは、藍と、群青と、瑠璃の海が続く。
 藍色の辺りに、輪郭のぼやけた大きな影があった。
 ずっと小さいときから見ていた大陸、それが、今は手が届くところにある。

 ルパンは、この冒険に胸を弾ませていた。ひとけりする毎に、確かな手応えを感じるようで、水をかく手にも力が入る。
 まだまだ大陸は遠く見えるけれど、このまま泳いでいけば、確実に辿りつけるのだ。
 太陽に反射して光る海面を、彼はうっとりと眺めながらまた水を蹴った。

 しかし、ルパンよりは年上で、少しは物事を分かっているつもりの次元。
 彼はそう簡単に届くとは思えなかった。
 飛びこんで、さてどうしようかと言ったら、ルパンは至極無邪気に「あっち」と示した。が、人間が泳ぐスピードなぞしれたもの。
 最初こそ近づいているような感じがしたが、気が付いてみれば大して見かけの距離は代わっていないのかもしれない。
「ホントかよ・・」
 前を行くルパンの頭を見ながら、彼はそっと漏らした。

「おーいルパン!」
 遂に次元は幼馴染を呼んだ。
 くるりと振りかえったルパンは少々落胆気味だった。
「やっぱ無理かなあ?」
「無理、とは言わねェけど、難しいんじゃないか。さっきから全然動いてない気もするし」
「・・・そっか」
 ルパンは次元のところへついーっと背泳ぎで滑るように近づいてきた。
 そして、いきなり潜ると、次元の足を引っ張ったのだ。
「わっ」
 不意を突かれて、次元が叫んだ。
 泡で視界が真っ白になった直後、鼻にツンと塩水の刺激が来た。
 慌てて浮上して顔をこすると、目の前でルパンが笑っている。
「ひでー顔だぜ、次元ちゃーん?」
 確かにその時の次元は長めの黒髪がぺったりと顔中に覆い被さって、しかも鼻を赤くしていた。
 とはいえ、そういうルパンだって同じようなものだったけれど。
 すぐ、ルパンに逆襲する。
 並外れた運動神経をもてあました、遊びたい盛りのガキ二人。たちまち逃避行は遊びになった。
 水中プロレスごっこと称して、じゃれることにたちまち夢中になってしまった。


 捜しに来た帝国の船に、隠れようの無い海上で発見されたのはそれから5分後だった。
 散々逃れようと手を焼かせてみたが、遊びつかれた一瞬の隙を突かれ、結局船に揚げられた。
 毛布と熱いレモネードに、ご丁寧にも見張り・鍵つきの個室まで与えられて、二人は肩を並べて座った。
 丸い船窓に、さっきと変わらない海と、大陸の影がある。
「・・・ふぅ・・楽しかった」
「まあな」
 丸く切り取られた海を名残惜しそうに眺めていたら、急な眠気を感じた。
 しかし、寝てしまう前に、思いついた事がある。
「なあ、次元」
「なあ、ルパン」
 同時にそう言ってしまってから、顔を見合わせた。
 やはり、次元も同じ事を考えているようだ。ルパンの目が輝く。
「次の計画の事だけど・・・」


 海は広いけれど、決して渡れないものではない。



 ・・・ずっと書きたかったジャリでーす!
 折角同盟まで入ったんだから、書かなきゃね。
 本当に逃げ出した時の話、これもすごく書きたいんだけど、それはあたしの力がついてから。
 コレはその前哨戦として・・・。

 さて、ここから勝手設定です。
 文中の帝国の様子なんかは勿論創作いや、妄作。下手に絶海の孤島にあるよりは、どこかの地方都市のすぐ近く、割と交通の便が良いようなところにこっそりあるのが好みでして。外界から遮断はしているけど、あくまでそれは外部からのみであって、帝国側からは結構開いているのです。  一方通行のドアなのでございますよ。

 次元とルパンに関しては、2歳ぐらい離れてて欲しい。
 んで、この年の子の二歳って結構大きなモノで、体力とか雰囲気とか一歳違うだけでも随分変わる。
 ってなわけで、体格的にはまだ次元ちゃん有利で、次元はお兄ちゃん業やってます。
 ルパンはガキのくせにプライド高いから、結構大変(笑)
 ルパンは成長した彼と同様、高度な作戦やら奇抜なアイデアを思いつくんだけど、いかんせん実行できるだけの体が無い。
 それで、煮詰まったものは次元に手伝わせて無理矢理実行。次元の相棒役はこのときからv

 そんなこんなで念願の(?)ジャリが書けました。実はテスト直前で、こんなことやってていいのか?ってつくづく思うんですけどね。(^^;)




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