息苦しい。
狭い穴倉の中に3人も詰め込まれていれば、当たり前だった。
目を見開き、口を引き結び、ひたすら金庫に没頭するルパン。手強い金庫を破っている時、ルパンは錠前と自分だけが存在する世界に生きている。
急かす次元は大して効果が無いのを知っているのだが、時間が差し迫った事を一応教えてやる。
こいつらは狭さを感じないのか、と五右ェ門は新鮮な空気を取りこめそうな入り口に陣取って考えた。
通路の前で見張っていた方が良かった、とも。
彼の役目は既に終わっている。この秘密通路が通った壁を斬って、見張りを数人、夢の世界に送った。
通路は狭く、複雑な曲がり方をしていた。換気口はあるんだろうが、果たして3人も二酸化炭素を排出する場合を考えているのだろうか、と不安になる。
実際、次元やルパンは狭苦しいなど気にもしてないようだ。
ルパンはあの通り好敵手に夢中だし、次元は狭い部屋に慣れきっている。五右ェ門は二人に比べて適応能力が低いのかもしれない。
「開いたぞーー!!」
ルパンが勝利の勝どきをあげた。助かった、と五右ェ門は息をつく。
さて、やっと退却、ということになった。
首尾よく盗みを成功させた彼らは、確かに気が緩んでいた。殊に、狭い空間からやっと抜けられると喜んだ五右ェ門はそうだった。一人分の幅しかない通路を、先頭に立って歩いた。
くねくねとした通路を戻って、最後の曲がり角を曲がった時。
そこに銃口があった。
一瞬、五右ェ門にはそれが地からにょきにょき生えて来たように見えた。
緑とベージュのアースカラーに、突拍子も無いところに現われた様は、なんだかキノコの一種のようだ。
勿論そんなことは無く、動物である証拠に彼らは動いた。
一人が椰子の実そっくりの何かを投げつけた。全員、ゴーグルを着けていた。
察した次元が叫ぶ。
「目を閉じろ、危ない!」
しかし、それは遅かったのだ。
体が理解して指示を実行するより早く、椰子の実が弾けていた。
視界が真っ白になった。
同時に両目に鋭い痛みを感じた。
眩いばかりの光が網膜を貫いていた。
よろめく前に五右ェ門はまず動いた。横に跳んで、お約束の銃弾から逃れる。
「五右ェ門!」
ルパンが呼ぶ。向かってくる相手を蹴散らして五右ェ門は声を追った。
視界はいまだ晴れず、一切が闇の中。
幸い彼はしんがりだったから、前を行く2人に分からないように廊下の壁に手を添える。ガイドを持って、ようやくまともに走り出せた。
ルパンが叫んでいた。
「二手に分かれろ!26番アジトで集合だ!」
参った。何度目かの同じ呟き。
五右ェ門は固く目を閉じて、ベッドに腰掛けていた。固いマットレスは、寝るのではなく座るのに丁度良い固さだ。
ふと、薄目を開けてみる。途端、針で突つかれたように目が痛んだ。顔をしかめながらなおも目を開く。
足裏の感覚から、いつもなら絨毯がそこに映るはずだと思った。
あの後、次元と共に追っ手を撒いてアジトに着くと、ルパン達はまだいなかった。
きっと今頃フィアットで散々追っ手を翻弄しているんだろう。
次元はどこかへ出かけた。真夜中に店が開いてるのかと尋ねたら、酒を飲むのではなくコンビニで何か買うのだと言った。
今見える世界は、明るいか暗いかの尺度しかない。
灰色の視界を見つめていると、わずかながら濃淡があることが分かった。光の反射具合が違うのだろう。そこから家具の大体の配置を推察して立ち上がった。
歩き出した途端、腰から下が何かにぶつかった。手を伸ばして、それがサイドテーブルである事を知る。避けてまたベッド沿いに歩いたが、すぐに固いものに体が当たった。
参った。
・・・また唇が同じ形に動いた。
無理矢理こじ開けていた両目の痛みが涙を伴ってきたので、これ以上見るのは諦める。大人しく座っている事にして、マットレスに腰を下ろした。
それからまたしばらくが経った。
風を感じて顔を上げると、黒い影が立っていた。
「なんだ、次元か」
「ほら、買ってきたぜ」
受け取ったものは目薬だった。
「知ってたのか」
「・・・そりゃあな。あの閃光弾、まともに食らっただろ」
「そのようだ」
バツが悪い思いで、五右ェ門は斬鉄剣を握りなおした。
やはり、普段と違う事は隠しとおせないらしい。
ありがたく目薬を挿しておいて、どうせばれているのならと目は開けないことにした。
「多分、強い光が原因の一時的なものだろうヨ」
「・・ああ、そうだと思う。ルパンは知っているのか?」
「さあて、どうだかな。奴は随分後から来たし、目を瞑ってたみたいだから気が付かなかったと思うが」
「なら良かった」
次元は怪訝そうな顔をした。
「そこまで隠さなくてもいいんじゃねェのか?」
ルパンには知られたくない、と五右ェ門は思う。狭い穴倉から出られると油断していた。目を瞑ればこうなるのは簡単に防げたのに、そう出来なかったのは単に自分の油断のせいだ。
ルパンが知れば、きっと気遣われるだろう。目が回復する前に何かが起こったとき、安全な仕事に回される。そうやって足を引っ張るのは嫌だった。
だから、出来れば誰にも知られたくなかったのだ。
「次元ッ、次元ッ!!」
騒ぎながらルパンが帰ってきた。
「何だ?撒けなかったのか」
立ち上がりながら次元が言った。
「敵さん、シツッコクてヨォ・・・彫像を持ってるもんだからどこまでも追いかけて来るんだわ。
次元、脱出の用意手伝ってくれ。五右ェ門はその間時間を稼ぐ!」
既にルパンは隠し階段から屋上に駆け上がっていた。
次元も駆け出しつつ、ふっと五右ェ門に寄った。
「・・・大丈夫か?」
ルパンの方に行った方がいい、と彼は言った。
「目が無くてもアンタが強いのは知ってるが、ルパンでさえ撒けなかったのを相手にしなくても良い。俺でなんとかする」
五右ェ門はきっとして言った。
「やる」と。
なおも心配そうな顔をする次元に(もっとも、彼には次元の表情は見えなかったが)
「それぐらい大丈夫だ」と笑って見せた。
「・・・分かった。じゃこっちは任せるぜ」
このアジトは一階に物置や風呂場があり、生活空間は二階だった。玄関入ってすぐの狭い階段を上った先に廊下があって、3つの部屋に続いている。
今居るのはその一番奥の部屋だった。
階段を上る足音がする。2対、いや3対か。ドアにぴったり張りついて、彼らの息遣いの音一つ聞き漏らすまいと、精神を集中した。
廊下を歩いてくる。一部屋ずつ検分しているようだ。
一番手前の寝室はすぐに通り過ぎた。次の小さな寝室は使われていないから見るまでも無い。
いよいよ、五右ェ門の居る三つ目の部屋に足音が迫った。
薄いドア一枚隔てた気配を、はっきりと感じる。五右ェ門にはまるでドアを通して見えているかのように、襲撃者の一挙一動が分かった。
二人が拳銃を構えている。今、残りの一人が片手に銃を持ってドアの前に立った。そろそろと手がドアノブに伸ばされて・・・。
瞬間、五右ェ門がドアを開けた。
まさに踏みこもうとしていた3人が不意を突かれて、想像した通りの位置で固まっていた。正常な判断力を取り戻す前に、彼らは斬鉄剣に殴られて昏倒した。
斬るまでもなかった。身に馴染んだ動きに、目は要らないのだ。
ただ彼は動きながら、見えないはずの相手の動きを一瞬見たように思った。
―――回復しているのか?
己の手を見つめてみる。
濁った灰色の世界は変わらない。
やはり駄目か、と落胆して手を下ろした。その時、また何かが動いた。
「見えたッ」
少しずつ、少しずつだが視力はまた五右ェ門の元に帰ってきていた。
灰色の雲が薄く取っ払われたようだ。
それは、ただ気分的なものから来る幻想ではなく、確実に晴れてきている。
嬉しさを味わう間もなく、第二陣に備えて戸口に潜む。
すぐにまた銃声と入り乱れる足音が聞こえてきた。
屋上では。
ルパンと次元が長い間使われていなかったヘリコプターを叩き起こしていた。しかし、相当放置されていたために塗装は剥げ落ちて、ところどころサビてしまっている。
「ふぅッ・・・このポンコツめ、手間かけさせやがるッ」
いつになく焦った様子の相棒に、ルパンが声をかけた。
「何か心配でもあンのか?」
「・・・いや、別に何もねェ」
「五右ェ門が心配なんだろう・・・奴ならこれぐらい何でもねェって」 そう言って呑気に笑うルパン。
何も知らないルパンの信頼。言うな、と強く言った五右ェ門。
そのくせ、静かに心細げに座っていた姿が追ってきて、次元は押しつぶされそうになった。
その五右ェ門は待っていた。
慎重に、マシンガンの連射で牽制しながら近づいてくる四人目の相手。
いくら何でもここからでは、弾斬りをせずに寄るのは難しい。熱を持って鼻先を飛び続ける銃弾をドアの横の壁で避けて、充分な距離を待った。
全く飛び出してこない五右ェ門にイラつきながら、次第に奥の部屋に近づいてくる。そして、隠れ場所に弾が当たらないギリギリまで男が来た瞬間、狙うのはその一瞬だ。
遂に、風が起きた。何が起こったか、男はきっと分からなかっただろう。
1秒も経たず、マシンガン男は膝から崩れ落ちた。
五右ェ門は満足してまた戻ろうとした。と、首筋に冷ややかな圧迫を感じて足が止まった。
もう一人居たのだ。
壁に背を押し付けて五右ェ門は立たされた。
ささやかな痛みなど構っていられない。彼は必死で自分を取り囲んでいる人数と立ち位置を感じ取ろうとした。
何とか分かったのは3人の人間がいる、ということ。
更にじっと見ていると、それぞれが手にした武器の大まかなフォルムが映った。
「彫像はどこだ」
「・・・ルパンが持ってるんだろう、俺は知らない」
「ルパンは?」
「さあな。ずっと会ってない」
「嘘はよせ。ここに入ったのは分かってる」
五右ェ門とて、口先で騙せるとは思っていない。時間が欲しいだけだ。
目を凝らせば、詰問している男の鼻の形がぼんやり分かるようになってきた。
今欲しいのはとにかく時間だった。
「じゃあ、裏口から入ったんじゃないか?とにかく、俺は会ってない」
「いや、玄関に堂々と走りこんだ」
「もしかしたら一階にいるのかも知れないな」
「フザケるな!」
ぐいっと胸に銃口が押しつけられたのを感じる。
「隠し部屋か何かがあるんだろ、どこだッ」
「知らぬ」
五右ェ門の態度に、目の前の表情が怒りを露にする。
それが読み取れるほどに彼は回復していた。
次はチャンスさえあれば。
「・・・まあいい。後で捜せば済む。
そんなに話したくねェンならその口閉じたまんま、死になッ」
捨て台詞が終わる寸前だった。
ゴゴゴゴ・・・と古いアジト全体を振動させるような轟音が響いてきたのだ。
ふっと意識をそちらに向けたが最後、五右ェ門は動き出していた。
銃を向けていた人体を素早く押し倒し、転がしておいた斬鉄剣を拾う。
はっとした襲撃者達が引き金を引いたが、今更適うはずも無かった。
斬鉄剣が沢の流れのように早く動いて、銃弾を片っ端から切り落とす。
まだ頼りない視界ではあったが、銃の向きと、持った者の動きさえ読めれば弾を切り落すことは可能だ。
ぽかんとしたまま、銃を持った彼らは倒れていった。
外に出ると、ヘリコプターがさっと五右ェ門を掬い上げた。
「五右ェ門!無事だったか!」
縄梯子を登って、最初に見たのは次元の安堵しきった顔だった。
長らく会ってなかった旧友に会ったみたいな気がした。
「次元の奴、急に心配性になっちまってヨォ」
無邪気に言うルパンも、普段通りの輝きを放つ愛刀も、とにかく全てが懐かしかった。
長かった夜は、何時の間にか明けていた。
キリ番33ヒットを踏まれたのぞみさんへ。頂いたリクエストは
・ゴエと次元がメインのお話
・シリアス路線、でも重すぎない、エンタメ要素もあるもの
・舞台は日本。どちらかというと都会。
・一歩下がったら死ぬという崖っぷち、そこで繰り広げられる世界
で、キーワードは「残像が燃える」。無理やりな解釈をしてしまった感もありますが、初めてのキリリク小説で楽しかったですvありがとうございました〜。